身の回りの複雑系

生態系

生き物は寄り合い所帯

 人間(ヒト)は動物の一種です。 実は、動物は大変に不便な生き物で、欠陥品と言っても良いでしょう。 なぜなら、植物や細菌とは異なり、自分の体を作るのに、そして子孫を作るのに、他の生き物(動物、植物、菌類、細菌など)を必要としているからです。 もしかすると、生き残るために他の生き物を探し回る必要があったため、動物(動き回る物)になったのかも知れません。

 深海底から湧き出す硫化水素を利用する硫黄バクテリアを体内に取り込んで、栄養素とエネルギーを得ているチューブワーム(ハオリムシ、羽織虫)やシロウリガイ(白瓜貝)は極端な例でしょう。 私たちに身近な例は、ウシ(牛)です。 牛は、胃を4つ持ち、口に近い3つのミノ、ハチノス、センマイ(焼き肉屋でおなじみですか?)ではさまざまな細菌を共生させています。 まず、食べた草を反芻して砕き、動物には消化できないセルロース(植物繊維)を細菌に分解させることで消化可能な物質に変え、最後の4番目の胃(ギアラ)で細菌自体を含めて消化し、栄養分として吸収します。


 

 私たち自身も、腸管(とくに大腸)に、常在菌を共生させています。 とくに善玉菌を呼ばれる細菌(有名なのは乳酸菌)は、私たちの健康に貢献しているようです。 母乳には人間に消化できないオリゴ糖が100種類以上含まれていますが、それは乳児(乳飲み子)の腸で乳酸菌が生きていくための栄養源だそうです。


 

生き物どうしのいろいろな関係

 一般的に見れば、生物は互いに相互作用(利用)しながら共存しています。 動物が登場した地球では、太古の地球に適応した細菌、太陽エネルギーを利用して光合成で自立できる植物、植物から栄養素を採ろうとする動物、動物から栄養素を採ろうとする動物など、複雑な相互関係が成立しました。 地球全体だけでなく、海洋や大陸あるいは湖のような地球の一部分を、閉じた世界として捉えて、そのような場で構成される生物と非生物的環境とからなる相互作用は「生態系(ecosystem)」として一体的に捉えられます。 典型的(単純な)例は、太陽エネルギー・植物プランクトン・動物プランクトンの関係でしょう。(⇒<プランクトンモデル>を参照)

 生態系のなかで、異なる生き物どうしの「共生」は重要です。(⇒<生き物は寄り合い所帯>を参照)

 しかしとくに注目されてきたのは、食べようとする生き物と食べられる宿命にある生き物との関係、つまり「捕食—被食関係」です。(⇒<捕食—被食関係/食物連鎖の理屈と現実>を参照) さまざまな生き物の間の捕食—被食関係は、食物連鎖と呼ばれています。 動物を含む生態系では、食物連鎖が形成されるのが普通です。 ほとんどの動物は、植物に依存したり(草食動物)、動物に依存したり(肉食動物)して、食物連鎖の中に、そして生態系の中に組み込まれているからです。 食物連鎖は複雑なので、最近では、連鎖(チェーン)ではなく、網(ネットワーク)と呼ばれることもあります。

捕食—被食関係/食物連鎖の理屈と現実

 生態系はたいへん複雑です。(⇒<生き物どうしのいろいろな関係>を参照) その中で注目されてきたのが、食料になる生き物と食べる生き物の関係で、捕食—被食関係とか食物連鎖と呼ばれています。 もっとも単純な関係は、被食側が1種類、捕食側が1種類の2者間関係です。 ヒツジ(羊)とオオカミ(狼)、イワシ(鰯)とカツオ(鰹)、植物プランクトンと動物プランクトンなどなど。 とりあえず、それ以外の生き物の関与は無視しましょう。


 

 2種類の生き物の間の捕食—被食関係について、ロトカ・ヴォルテラのモデルと呼ばれる数式(微分方程式)による表現があります。 ロトカとヴォルテラという学者が1920年代に独立に提唱したと言われています。 ここでは数式を用いずに、なるべく簡単に説明してみましょう。

 被食者は、自律的に増えていきます。捕食者がいなければ幾何級数的に増えます。  

 捕食者がいれば、被食者が多ければ沢山食べられてしまうし、捕食者が多ければやはり沢山食べられてしまいます。

 捕食者は、被食者がいなければ、食べ物がないので次第に減っていきます。被食者がいれば、それを食べて増えていきます。 被食者が多ければ多いほど、捕食者自身が多ければ多いほど、沢山増えていきます。

 被食者と捕食者にこのような関係があるとき、捕食者と被食者の両方がある程度生きていると、波が上下動を繰り返すように、どちらも増減を繰り返します。 捕食者が増えると被食者が減り、やがて捕食者も減っていきます。すると被食者が増えるようになり、やがて捕食者も増えるようになります。

 結局、ロトカ・ヴォルテラのモデルでは、二つの種は増減を周期的に繰り返しますが、少しの誤差(攪乱)で増減の幅が変わります。 このように、ロトカ・ヴォルテラのモデルは、捕食者の個体数と被食者の個体数とのマクロな関係に注目し、個体数の振動を導き出しました。


 しかし実際には個体数と個体数とが直接に関係しているわけではなく、個々の捕食者と被食者の間の相互関係(食う側と食われる側)が実際の空間的広がりをもった生態系で生じています。 そのようなミクロなレベルでの個々の関係に注目して生態系全体の特徴を探ろうとするモデルを作ると、ロトカ・ヴォルテラのモデルのように個体数がずっと振動することはなく、早晩、一方が絶滅してしまいます。 そして絶滅するのは、ほとんどの場合、捕食者の方です。 どこかに被食者が生き残っていても、それを捕食者が見つけて捕らえることができるとは限らないからです。 実は、こちらのモデルの方が現実に近いのです。 ではどうすれば、共存が長続きする生態系を実現することができるでしょうか。 絶滅危惧種を救うという実践的問題につながっていきます。(⇒<プランクトンモデル><オオカミとヒツジモデル>を参照)