身の回りの複雑系

群れながら飛ぶ鳥

鳥が群れながら飛べるのはなぜ?

 「類は友を呼ぶ」ということわざの英語版は “Birds of a feather flock together.”(羽毛が同じ鳥どうしは群れる)です。たしかに、トリ(鳥)の 仲間には群れているものが多いですね。空を見上げると、トリが様々な形の群れを作って飛び回っている様子を目にすることがあります。

 


 

 清少納言(平安時代の女性作家・歌人)は、『枕草子』(マクラノソウシ)というエッセー集のなかで「秋は夕暮れ。夕日のさして山の端(ヤマノハ) いと近うなりたるに、からすの寝どころへ行くとて、三つ四つ、二つ三つなど飛び急ぐさへあはれなり。まいて雁などのつらねたるが、いと小さく見ゆるは、いとをかし。」と、カラス(烏・鴉)やカリ・ガン(雁)が群れて飛ぶ様子の違いを的確に描写しています。

 トリはどのようにして、群れたままで飛び続け、同時に、しかも瞬時に方向を変えることができるのでしょうか。
どうやって互いに連絡を取り合っているのでしょうか。トリの群れにはボスないしリーダーがいるのでしょうか。
このような問題に対して、コンピュータ・グラフィックス(CG)の世界から、思いもよらないヒントがでてきました(⇒ボイドモデルを参照)。

 

群れ

 動物の中には、群れを形成して生活しているものがいろいろとあります。
「群」という漢字自体、ヒツジ(羊)が群れる生き物であることから、作られたのではないでしょうか。
日本の近海には、イワシ(鰯)やサンマ(秋刀魚)、カツオ(鰹)などサカナ(魚)の群れが回遊しています。
アフリカのサバンナには、シマウマ、ゾウ(象)、ライオンなど群れを作っているほ乳類が何種類も共存しています。
ライオンやオオカミ(狼)のように、群れを形成しながら、個々の群れが縄張りを持っている場合も多いようです
⇒<縄張り>を参照)。

草原や森林のような広い空間に、いくつかの群れが縄張りをもって生活している場合は、棲み分け現象に近くなりますね。
こちら<住み分け/棲み分け>を参照。
群れには、個々の生き物は移動していても、群れ全体としてはあまり移動しないタイプと、個々の生き物が群れながら移動していくタイプと大別して2種類あります。

前者には草を食べているヒツジ(羊)の群れ、後者には渡りの最中のカリ(雁)の群れがあげられます。
海中のサカナ(魚)にも、この2種類の群れを観察することができます。 

私たち人間もさまざまに群れます。街角の1箇所に「たむろ」している若者たち。
休み時間の教室で、何となくいくつかのグループに分かれておしゃべりをする小学生。
パニックになって逃げようとしたり、洪水から避難しようとしたりして、前方にいる人の後に続こうとする人々の集団。

 

鳥の群れ

 さまざまな生き物の群れのなかでも、私たちの身近にあって関心を惹きつけてきたのが、トリ(鳥)の群れです。
たとえば、カリ・ガン(雁)、カラス(烏・鴉)、カモメ(鷗)、カワウ(川鵜)など、多くの種がさまざまな形に群れて空を飛んでいます。
どのような形の群れが形成されるのでしょうか。なぜそのような形になるのでしょうか。
とくに印象深いのは、突然、ほぼ同時に、群れ全体が飛ぶ方向を変えるときです。マスゲームを演じているようです。
どうやって、シンクロ(同期)しているのでしょうか。どこに指示を出す個体(ボス)がいるのでしょうか。
どういうやり方で群れのメンバーに指示を伝えるのでしょうか。
トリには超能力(ESP:extra-sensory perception)があるに違いないということで、昔、長年にわたってトリの超能力を検出する実験が
続けられましたが、検出に成功した研究はありませんでした。(なお、渡り鳥には地磁気を関知するセンサーが備わっているそうです。)

 しかし、近年、そもそもの仮定が誤っていることが分かってきました。
特別な能力を仮定しなくても、トリは私たちが日頃観察しているような群れを作って飛べることが分かってきたのです。

 たとえば、カリ(雁)のような「渡り」をするときの群れは、後続するトリに揚力(上向きの力)が働いて、あまりエネルギーを消耗しないで飛べるのだそうです。先頭のトリにはそのような力が働かないので、疲れてしまいますが、ときどき先頭のトリが交代しながら、群れとして長距離を飛ぶのだそうです。このように、群れの形は、流体力学的に合理的な説明ができるのですね。 

 もっと一般的に、団塊のように集まって飛び回る群れはどのようにして作られるのでしょうか。
この問題へのアプローチのきっかけは、鳥の群れの詳しい観察ではなく、コンピュータ・グラフィックス(CG)の世界から登場しました。
今から30年ほど昔のことです。それは、トリ(bird)に擬したモノ(-oid)という接尾語を付けた「トリもどき:ボイド(boid)」と呼ばれる 「エージェント」がたくさん群れ飛ぶ様子をコンピュータ画面に作り出したものでした。これは、マルチエージェントシミュレーションという技法を用いたもので、「ボイドモデル」と名づけられました。
それ以降今日まで、さまざまな映画の中で、CGによって群衆行動・集合行動をホンモノらしく見せることが一般的になっています。本当にホンモノそっくりなので、それと気づかずに、画面に魅入られていることもあるでしょう。


MASのモデル

トリの群れを表現したMASのモデルはボイドモデルのページで紹介しています。ボイドモデルのアイデアは、トリの群れだけを再現できるものではなく、他の生き物の群れ行動も再現できるような一般的な性質を持っています。(⇒ボイドモデルを参照