MASのモデル
玉入れモデル
シミュレーションのねらい
人間が手作業で協調してある種のタスクを遂行するケースは、機械化が進んだ今日でも、日常生活や産業において数多く存在します。例えば、大人数での調理・配膳や、会場設営等での軽作業、田植えや稲刈りなどです。
これらのタスクは多くの場合、とりわけ経験や慣習による手順・段取りによって実行されていますが、巧みに段取りができる熟練者の絶対数は多くありません。また、たとえ熟練者であっても、その経験の範囲を超えるケース(人数が数倍に増えるなど)については効率よく機能しない可能性があります。
ここに協調手作業をシミュレーションで再現する意義があるのではないでしょうか。
つまり、過去の経験から得られている段取りをシミュレーション上に移し替えることで、実際にはほとんど行われることのない、仮説的なケースに対する仮説的な段取りによる実験を行うことができ、下記に挙げるような活用を期待できます。
・ 途中で作業離脱者が出た場合の所要時間変動や作業量低減など、定量的な見積もりができる
・ より少人数での作業が可能かどうか、試行錯誤的に試すことができる
・ 個人能力にハンディキャップのある人についても、全体の効率を落とさずに成果に貢献できる段取りを探せる可能性がある
先に述べたような協調手作業には多種多様のものがありますが、今回は例として「玉入れ競技」を取り上げます。玉入れ競技は下に示すような特性上、協調手作業シミュレーションのケーススタディとして好適であると考えられます。
・ 機械化されておらず人手で行う作業
・ 複数人が参加するチームワーク作業
・ 参加個人に技量の優劣がある
・ 動きの段取りによって成果に大きな差が出る
シミュレーションモデル
図1にシミュレーションの空間設定と空間内の要素を示します。フィールドの中央には高さ3.5mのかごがあり、10人のプレイヤーがランダムに初期値配置された玉をかごに向かって投げます。
プレイヤーには「かごに投げ入れる人」「遠くから玉を寄せる人」という2種類の役割があります。それぞれの役割でのプレイヤーの動きは表1に示す通りです。
また、玉の投擲行動については図2に示すような軌道計算をおこなって正確な初速を計算した後に、X,Y,Z方向の速度について正確な初速からランダムに±15%のぶれを与えています。投擲距離dが長いと、かご付近では垂直方向・水平方向ともに初速のぶれの影響が大きくなり、外れやすくなります。一方で、かごの足元近くから投げ上げると初速のぶれの影響は小さく、かごに入りやすくなります。
したがって「遠くから玉を寄せる」という役割のプレイヤーが、玉を早くかごに入れ終わる上でプラスの役割を果たすことが期待できます。なお、それぞれの役割のプレイヤー間での投擲能力の差は設けていません。
試行・結果
表2に示すように、10人のプレイヤーについて「かごに投げ入れる人」「遠くから玉を寄せる人」の比率を変えながら[1]~[10]の10シナリオを設定し、各シナリオあたり100試行を行ってみます。結果は「玉が全部入るまでの時間(総所要時間)」により評価します。
結果は図3のようになります。「遠くから玉を寄せる人」が0人から3人まで増えるにつれて、玉が全部入るまでの総所要時間は短くなっていきますが、3人以上に増えても総所要時間はほとんど変動しませんでした。一方で「0人から1人」の間の改善効果が大きく、玉を寄せる人が「いない」「(1人でも)いる」という違いが総所要時間に大きく影響していることがわかります。
おわりに
今回のシミュレーション結果から以下のようなことがわかりました。
・ 「投げる人」「寄せる人」という役割分担は有効に機能する
・ 寄せる人が「いない/いる」の差異に比べると、人数比による差異は比較的小さい
・ 寄せる人が多すぎると所要時間の上下ぶれが大きくなった
今回は協調手作業のケーススタディとして玉入れ競技を取り上げましたが、より実務的なタスクを対象とした作業パフォーマンス評価にも活用可能性があるでしょう。