MASのモデル

エスカレーターモデル

エスカレーターに乗る際に、急ぐ利用者への配慮から、片側で立ち止まり、片側を歩くことができるように空けておくというマナー(片側空け)が定着しています。しかし、エスカレーター上での歩行は、人やカバンなどの接触等による事故の危険性、交通弱者への配慮、また、輸送効率の観点からも望ましくない可能性があるといわれています。

 ここでは、マルチエージェント・シミュレーションにより、片側空けを行う場合と、両側で立ち止まる場合を比較し、メリット・デメリットについて考えてみましょう。

シミュレーションモデル

 駅等で利用されている2列エスカレータを通って人が移動する様子を模擬したシミュレーションモデルです(図1)。 450人(満員電車2両程度)の歩行者が、長さ20mのエスカレータを移動します。エスカレータは駅等で一般的に用いられている普通速度エスカレータ(速度:30m/分)を想定しました。片側空けの場合、エスカレーターの左側の列の人は立ち止まりエスカレーターを利用し、右側の列の人は歩いてエスカレーターを利用します。エスカレーターで歩行する人の割合は朝のラッシュ時を想定し40%としました。表1は設定したパラメータの詳細です。

 以下のシナリオについて、移動を開始してから全員が移動完了地点に到達するまでの時間(総移動時間)と、個人が移動を開始してから移動完了地点に到達するまでの時間の平均(個人移動時間平均)を評価しました。

 1. 両方の列で歩行する(両側歩行)
 2. 片側の列は立ち止まり,片側の列は歩行する (片側空け)
 3. 両方の列で立ち止まる(両側立ち)

図1 シミュレーションモデル概要
表1 モデルパラメータ

試行・結果

 表2はシミュレーションの結果です。総移動時間が最も短くなるのは両側歩行のシナリオです。エスカレーター上で歩行した場合、個人の移動時間が短くなりますので、当然、輸送効率が高くなります。しかし、他の利用者にぶつかるなど安全性での問題、交通弱者への配慮、立ち止まって乗りたい方のことを考えると、両側の列で歩くことは現実的ではありません。

 設定した条件で総移動時間が最も長くなるのは、片側空けのシナリオです。片側空けに比べ、両側立ちのシナリオの総移動時間が短くなることがわかります。片側空けのシナリオのほうが個人の移動時間は短く、直感的には片側で歩いたほうが全体の輸送効率が高くなるように思いますが、シミュレーションの結果は逆になります。

 駅のエスカレーターで、歩く側の列は空いているのに、立ち止まる側の列だけ混雑して列に並んでいる状況を見たことはありませんか。片側空けの場合、立ち止まり側に人が集中し渋滞による待ち時間が発生しますので全体の移動時間としては長くなります(図 2)。歩く側の列では歩く個人は早く移動することができますが、人の密度が低く、エスカレーターの輸送力を効率よく使えていないといえます。

表2 試行結果
図2 個人移動時間の分布

 エスカレーターが片側空けで使われる場合、歩行を選択する人の割合が全体の移動時間に大きく影響します。図 3は歩行を選択する人の割合と全体の移動時間の関係を示しています。60%程度の人が歩行を選択した場合に、最も総移動時間が短くなることがわかります。また、歩行選択割合が50%から70%程度の場合を除いては、片側空けに比べ、両側立ちの総移動時間が短くなります。図はラッシュアワー時の歩行選択割合を調査した結果です(文献2)。混雑している時間帯であっても歩行する人の割合が50%以下となる駅が多く、両側立ちでエスカレーターを利用すると全体の輸送効率が上がる可能性があります。

おわりに

 マルチエージェント・シミュレーションでエスカレータの両側歩き、両側立ち、片側空けの状況を模擬し、以下のことがわかりました。

 ・ 両側歩行が最も効率が良い。(※ただし状況により現実的ではない)
 ・ 設定した条件では、片側空けの場合、歩く個人は早く移動できるが、立ち止る側の列に並んだ人は渋滞で待たされるため、移動に時間がかかる。片側空けに比べ、両側立ちのほうが全体の移動時間が短くなる。
 ・ 全体の移動時間には歩行選択割合が影響する。極端に混雑した状況など歩行する人が多い状況では片側空けのほうが全体の移動時間が短くなるが、両側立ち止まりのほうが全体の移動時間が短くなることも多い。

 東京消防庁の調査(2006)によると、エスカレータ内での事故のうち約14%が歩行、駆け足、歩行巻き添えによるものです。同調査では安全な利用方法として、手すりを利用し歩行は避けることを提言しています。また、鉄道運営会社、業界団体等による両側で立ち止まり、歩行しないキャンペーン等での呼びかけ、メディアでの交通弱者への配慮の取り組みの紹介など、エスカレーターでの片側空けを見直す様々な動きが出始めています(文献4,5ではこのシミュレーションの取り組みも紹介されています)。

 エスカレーター片側空けのマナーは定着しており、状況により急ぐ際など利用者個人としてのメリットもありますので、片側空け・両側立ちの是非には賛否両論あります。施設設計上の改善や、設備の改善、情報の提示など課題を改善する方策も様々考えられます。データ・シミュレーションなどに基づき議論を重ねて、望ましいマナー、環境を考えていくことが重要ではないでしょうか。

図3 歩行選択割合と総移動時間の関係
図4 歩行割合の箱ひげ図および平均値

 

 

参考文献
  1. 森田 泰智, 森地 茂, 伊東 誠, 駅昇降施設の最大捌け人数に関する研究-都心駅周辺の急速な都市開発による鉄道駅の激しい混雑への対応に向けて-, 土木学会論文集D3(土木計画学), 2013, 69巻, 5 号, p.I_595-I_611
  2. 大竹 哲士, 岸本 達也, 鉄道駅におけるエスカレータ上の歩行行動に関する研究, 都市計画論文集, 2017, 52 巻, 3 号, p.263-269, https://www.jstage.jst.go.jp/article/journalcpij/52/3/52_263/_article/-char/ja/
  3. 岡田尚子, 長谷見雄二, 森山修治, 岡本衣未, エスカレータを用いた上方避難に関する実験研究, 日本建築学会環境系論文集 第76巻 第668号, 855-862, 2011年10月
  4. NHK, LIFE CHAT くらしのモヤモヤを解決するサイト「エスカレータは止まって乗りたい」, https://www3.nhk.or.jp/news/special/lifechat/post_93.html
  5. NHK, LIFE CHAT くらしのモヤモヤを解決するサイト「みんなで止まれば,速くなる」, https://www3.nhk.or.jp/news/special/lifechat/post_89.html

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