公益的資源を巡る競争と合意

ABS[i]による国際計算料金シミュレーション−

 

 

菱山 玲子[ii]

日本テレコム株式会社 総合企画本部経営管理部

 


1.       はじめに
 
本研究では主体間のコミットメントによる秩序形成や学習プロセスを分析する立場から、マルチエージェントシステムのフレームワークによるシミュレーション技法を試みる。株式会社構造計画研究所により製作されたABSAgent Based Simulator)用いて自律的なエージェント集団から組織される人工社会をデザインした上で現実社会の構造特質をインプリメントし、現実の人間社会に生起する現象の理解と諸問題の解決に向けての支援を得ることを試みる。具体的な現実社会の事例研究として、本研究では国際電話サービスを提供する電気通信事業者間で行われている内部交渉のひとつである国際計算料金交渉を取り上げる。

2.       公益的資源配分モデル
 
本研究の考察対象は公益的資源を巡る競争的環境と経済主体による交渉行為を通じた意思決定と合意形成の問題である。基本的な社会システムに対する構造理解を得るため、エージェント相互間の分散的な交渉という形でのコミットメントから形成される社会システムの構造特質について考える。
 公益的資源配分モデルとは、経済主体が相互扶助を得て獲得した公益的資源の配分を巡り資源採取に関わるコストを補償するための交渉モデルである。この社会システムを実装した結果、主体間の相互依存性の高い社会で限定合理性の下に行動するエージェント群に一人勝ちの社会構造を生じた。
 

3.       事例研究:国際計算料金交渉
 
公益的資源配分モデルを応用し、事例研究として国際計算料金交渉を採り上げる。電気通信事業者は保有する電気通信設備を相互接続しなければサービスを提供できないという極めて相互依存性の高い関係性を有している。通信事業者間で行われるこの交渉は、収納料金(トラヒック)に対して互いの設備コスト補償のための料金を決定するために行われている。
 分析に先立ち予備的に現実社会の構造特質を統計的手法により解析し、この構造特質を人工社会のパラメータに反映することで人工社会に対して恣意的なパラメータの調整を避け、現実社会との関連付けを図った。

4.       人工社会による交渉ケース分析と結果
 分析した交渉ケースは以下の3ケースである。
[Case1]
単純な資源配分交渉を行ったケース
[Case2]
代替対抗措置の選択が許容される交渉ケース
[Case3]
多様な交渉戦略の選択が許容される交渉ケース

 これらのケース分析から、以下の知見を得た。

· 事業者間交渉が個々に独立して行われるケースでは、交渉優位にたつ少数の主体が資源を独占し、富が特定の主体に集中化する傾向がみられる

· 交渉劣位の主体同士による協働は交渉優位の主体の台頭を緩和するため一定の効果をもたらすが、その効果は不確実性・不安定性を伴う

· 主体間の交渉が十分に戦略的であるケースでは交渉結果は安定・均衡化し、特に交渉優位にある側の主体からの積極的な協調介入は交渉効率の向上に効果的である

 

                                                                                                                       4-1.人工社会によるケース分析


5. 最後に
 社会経済のグローバル化や情報通信技術の発展を背景としてボーダレス化する社会システムを構成する企業・個人といった各主体相互間の関係性は、今後更に深度化・複雑化することが予想される。交渉による連続的な意思決定の中で互いの利益と価値を導くために多角的な枠組みでの目標共有が重要性を増すであろう。政策的な立場からは公平な競争環境と自律的な相互扶助システムを機能させるための社会システムのデザインが期待される。



[i] 株式会社構造計画研究所。http://www2.kke.co.jp/abs/index.html

[ii] E-mail:hisiyama@japan-telecom.co.jp

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